メトとレコ・番外編2『休日』





 ドギークラウン。2種族が争う、小さな村。そんな中でも、種族を超えた人間関係というものはあるもので。メトとレコの二人は友達として、そんなしがらみから離れた位置に居る。いがみ合う現状に悩みながらも、お互いを大切に想う彼ら。いずれ自分達のような関係が広がることを願いながら、彼らは今日と言う日を生きていた。

 そんなある日のこと。

 天気は晴れ、昼下がり。村はずれの小川―――メトの家に程近いそこに、二人の姿はあった。
「……」
「……」
 ほとりに座り込みながら、二人は釣竿を握り締め、流れる水面を真剣な表情で見つめている。傍らにおいてあるバケツからは時折ぱしゃりと水の跳ねる音。
「……釣れないなあ」
「折角引っかかった時に、別のところ見てりゃなあ」
「だっていいとこに限って来るんだもん」
 不満を漏らすレコに、やれやれと肩をすくめるメト。頬を膨らませる猫人はまだ一匹も釣っていない。それもそのはずで、持ってきた本に集中しすぎで魚がかかっても気がつかないのである。
「今度は本読むなよ? 餌とられっぱなしなんだし」
「う、うん。 気をつけるよ」
 釣竿を地面に固定し、再び片手に本をとった彼を横目でにらむと、レコは慌てて本を鞄にしまいこんだ。
―――本が好きなのはいいけど、もっと釣りを楽しんで欲しいなあ
 釣りに誘ったのは自分だが、マイペースなレコは、釣りをしていても本を読んでいて、つまらないのか心配でもある。
「まったく……」
「大丈夫だよ、楽しいから」
「……」
 時折心を読むかのようなこの発言は、どこから来るのだろう。悪意の欠片も見えない幼い笑顔は、とても不思議に見えた。
「だったらもうちょっと釣りの成果も上げて欲しいけどな……」
「あいたっ」
 見透かされた恥ずかしさをごまかすように、メトはレコの額を指で弾く。反射的に声を上げた彼は、おでこを押さえてはいるがその顔は相変わらず笑顔で、何か悔しい。とりあえず自分の釣竿の方へと目を戻すが、動きは相変わらず静かなままだ。
「あ」
「お? やっと来たか……」
 声につられて彼の視線の先を見ると、彼の釣竿がしなって水面がぱしゃぱしゃと跳ねている。間髪入れずにレコは釣竿を引き上げようとその根元を掴んだ。が、
「お、重い……!」
 傍から見ても思いっきり引っ張っているはずなのに、釣竿が軋むばかりで獲物が釣り上げられる様子は無い。
「え? そ、そんな大物こんなとこに居たっけ……」
「いいから一緒に引っ張ってよ〜……」
「おう!」
 助けを求める声に応じ、大きな返事をすると素早くメトはその後ろに回りこんだ。竿から伝わってくる力は、確かに今までに感じたどれよりも強い。だが、二人ならば大丈夫なはずだ。
「せーので引くぞ!」
「うん、分かった」
『せーの!』
 タイミングを合わせて二人は手に力を込める。バシャンバシャンと勢いよく水面は乱れ、竿の軋みは大きくなってきた。
「でぇい!」
「わぁっ!?」
 気合の叫びとほぼ同時に、抵抗が軽くなったかと思うと、その瞬間水しぶきと共に現れた巨体が宙を舞う。
「で……っか……」
 顔ほどの大きさの獲物に見とれ、空を仰いだその時、

ばっしゃーん

「?」
 派手な水しぶきにふと自分の手元を見れば、竿を握っているはずのもう一人の手が無い。
 続いて足元。居ない。
 川。
「……」
「ゲホッ! ゲホゲホッ!」
 泥が舞い上がった川面の中に、せきこむレコがいる。何が起きたのか分からないまま、とりあえずメトは釣り糸の先でビチビチとのたうつ魚を草むらの上に放った。
「大丈夫か? レコ」
「ひ、ひどいよメト……」
「え?」
 頭を少し振ると、こちらにうらめしそうな目線を向けるレコ。一体何があったと言うのか。
「俺、何かしたっけ……」
「その魚、釣り上げた時にメトが立ったから……膝が当たってその勢いで、こう」
「こう」
 淡々と説明し、最後に汚れた自分の身体を指すレコ。その言葉のトーンは、ものすごく低い。温かい日差しの中だというのに、二人の間に流れる空気は冷たかった。
「……」
「……」
「わ、悪かったよ……」
 ずぶ濡れで立ち尽くすレコに対し、空気に耐えられずに頭を下げるメト。それを見た彼は少し肩をすくめると、くすっと笑ってみせた。
「ほら、魚逃げちゃうよ?」
「あ、いけね」
 示された方向を見ると、確かに未だ勢いよく跳ねる魚が川面に飛び込まんとしている。慌ててそれを押さえて針を引き抜くと、今度こそバケツに入れよう、そう思った。
 が、
「……入らない……」
「本当だ……縦にしたら?」
 予想していたよりも巨大なそれは、用意して来ていたバケツの横幅を上回っており、レコの言うとおり縦にしないと入りそうに無い。
「しかし、中の魚食われたりしないのかな」
「トドメいっとく?」
「さらっと言うなよ……」
 思わず腕を血まみれにして獲物をぶら下げている彼の姿を想像して、メトは身震いしてしまった。確かにそうすれば中の魚は食べられないだろうが、何かずれているような気がしないでもない。
「仕方ない、縦に入れておくか。 どうせ窮屈すぎてまともに動けないだろ」
 気を取り直して、相変わらずビチビチビチビチと跳ねるそれを、尻尾を掴んで縦にバケツに突っ込む。底に対して斜めの角度で入ったそれは、尻尾だけを動かし、まるで最後の抵抗といわんばかりに中の水をたたき出す。
「うへ。 全く、元気のいい……」
「ところで今の魚って、なんて魚?」
「……いや、見たことなくてわかんない。 そっちは大丈夫か?」
 振り向けばレコは自分のシャツを脱いで絞っていた。返事の代わりに彼は一つうなずきを返すと、広げたそれを伸ばすようにバタバタと振る。水に濡れた毛皮がキラキラ光っていて、眩しい。
「と言っても、泥が……」
「そうだな……バケツもどうせこれ以上は入らないし、戻ろう」
 泥は、腕や足だけでなく、シャツのど真ん中にもべったりと染みを付けている。今ので表面についていたものは多少振り払えただろうが、染み込んだものはそうも行かない。
「パンツまで染みちゃってる……うー」
「ありゃま……ウチに来いよ。 こっからだったら近いし、着替えもあるし」
 近くの草むらにシャツを広げると、次にレコは気持ち悪そうにズボンの端っこを掴んでぱたぱたと煽った。本当は彼の家に行って調理してもらうつもりだったが、こうなっては仕方が無い。
「でも、家の人は? 突然行って迷惑じゃない?」
「大丈夫だと思う。 どうせ今日は母さん出掛けてるし」
「そうなんだ?」
「ああ、父さんのところに行ってる」
 釣竿を片付けにしゃがみこみながら、事情を話すメト。父親は、ここから離れた大きな街で働いている。そのため母が休日を利用し、父の様子を見に行くのは何も今日に始まったことではない。
 だが
「前日に言うなよな……」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでも……」
 針を取り外しながら、独り言が出てしまったようだ。父には恐らく言ってあるのだろうが、自分には直前まで言うのを忘れているとは、どう言う間の抜け方なのか。
「じゃあ、とりあえず行こうか。 カバン持つから竿頼む」
「うん、ありがとう。 あー靴もぐちょぐちょ……」
 レコのカバンを代わりに肩にかけ、重たいバケツを両手で抱えると、メトはなだらかな斜面を登りだした。その後に続く猫人が足を踏み出すたびに、靴からはなんとも形容しがたい音が響き、乾いた地面に染みを作る。
「ちょっと……恥ずかしい、かな」
「……別に、人来ないよ」
 上半身裸で歩いているのが気になるのか、猫人の少年は片手で抱えたシャツを胸に当て、辺りをキョロキョロと見回していた。彼の体よりも、後ろに作られていく足跡の方が目立つと思うのだが。
「どうせこの辺りは村の外れだし、近い町にだって行くのに別の道使うし。 それに……」
「それに?」
「俺になら別に見られたっていいだろ?」
「……そうかも」
 口元を緩めながらくるりと後ろを振り向くと、彼は呆れと諦めが入り混じった、なんともいえない表情をしていた。
「へへ」
 その顔に満足して、鼻の頭をこするメト。どの道彼の姿を見られることはまずありえないだろう。こういうやり取りの間に既に家が見えるくらいなのだから。


「ただいま」
「お邪魔しますー」
 程なく、メトの家に到着した二人だが、荷物と濡れたレコのため、すぐには家には入れない。
「少し、待ってろ。 拭くもの持ってくる」
「うん」
 とりあえず玄関口で彼を待たせると、急いで階段を上り、部屋に駆け込む。クローゼットを開けると、数段重なった収納スペースの右端に、目的のものはあった。
「タオルタオル……」
 適当に数枚のそれを掴むと、再びメトは駆け下りていく。この間およそ30秒。無論、後に飛び散った細かいタオルなど目に入るはずもない。
「ほらよっと」
「そ、そんなに急がなくても……ありがとう」
 慌しい様子は階下からも聞いてとれたのか、苦笑しながらレコは放られたタオルを受け取った。頭にそれを被り、片手でごしごしと拭き始める。
「早いとこ拭かないと風邪引くかもしれないだろ? ほれ」
「あ、うん」
 言いながら余ったそれを床に敷き、彼に乗るように促すと、湿った音を響かせて靴を脱いで乗った。その途端、足に付着していた泥がぽろっと落ち、汚れがまだまだ残っていることを知らしめる。
「……お風呂入らないとな」
「……ごめんね」
「気にすんなって。 足拭いたら、あそこな」
 レコのシャツを受け取ると、メトは廊下の奥を指差した。その突き当りの左側に、茶色い扉が見える。
「うん、分かったよ」
 うなずいた彼を尻目に、先に風呂場へと向かう。木製の廊下がギシギシと軋みを上げるが、慣れたものだ。扉を開けたとき、ふと振り返ってみればレコもこちらへ向かってきていて、目が合うと照れ笑いを彼は浮かべた。その足が踏みしめた床には汚れはついていないようで、顔には出さないがホッとしておく。
「さて、洗濯洗濯と」
 洗面台のすぐ横に配置された洗濯機に適当にシャツを放り込み、適当に洗剤を一すくい中に振りかける。その横を通り抜けて、レコが半透明な扉を前にためらいながらも下を脱ぎだした。濡れていて脱ぎにくいのか、少しずつあらわになっていく彼のお尻に見とれ、何を言おうとしていたのか一瞬忘れてしまう。
「……ズボンもこっちな」
「……うん」
 恥ずかしげに前を隠しながら、レコは言われたとおり脱いだズボンをメトに渡す。別段裸を見たり見られたりするのは今に始まったことではないのだが、今日に限って視線を意識しているのか、気恥ずかしそうだ。
 が、すぐに気を取り直したように背中を向け、髪留めの紐を外すと、束ねていた長い髪があらわになった。その姿がいつもと違う雰囲気を帯びているように感じ、思わず凝視してしまう。
「どうしたの?」
「いや……髪の毛長いなーって思って……」
 視線に気づいたのか、不思議そうに問うて来るレコに対し、あごの下を指でかきながら、メトは少し恥ずかしげに言う。確かに、レコの髪の毛は同学年の長い女の子たちと比べても遜色がないどころか、一際長い。普段は束ねているからそこまで目立たずに済むのだが、こうして髪を下ろしているところを見ると、男なのか女なのか、ちょっと分からない。
 だが、それはともかくとして―――可愛い。
「……変かな?」
「い、いやっ! 別に似合わないとかそういうわけじゃなくて!」
 困ったように眉を曲げるレコを見て、首を勢いよく横に振りながら否定するメト。その大げさなリアクションに、逆に今度は彼がきょとんとしてしまう。
「なんて言うか、その……可愛い、って言うか……えと……」
「……」
 しどろもどろになりながら必死に言葉を探そうとするメトの姿の方が、むしろレコに可愛く映っていることは本人も知らないだろう。目をそらしてしきりに頭をかく彼の顔に、少しの間を置いて微笑むと、猫人の少年は顔を寄せた。
「ん……っ」
「ありがと」
 一瞬だけ重なった、唇。突然のレコの行動に間の抜けた顔を晒しながら、メトは瞬きを返す。そこにははにかんだ笑顔の彼がいる。
「レ、レコ……」
「わ……よ、汚れてるよ……?」
 胸の中の高まりに堪えきれず、メトは全裸の猫人を抱きしめた。汚れを気にするレコの言葉などまるで耳に入らずに、自分の中のドキドキを伝えたい一心で濡れた体を抱く腕に力を込める。
「あったかい……」
「な、何か恥ずかしいよ……」
 服が汚れることにためらってか、猫人の少年は動くことをためらっているようだ。抱きしめてくるメトの鼓動を体で感じ、恥ずかしさに耳を垂らしながら、その首元に鼻先を埋めて彼の匂いを吸い込む。少しだけ、日向の匂いがした。
「……ごめん」
「え?」
 突然謝られて、一瞬何のことかと戸惑う。が、股間の辺りに感じる硬い感触に、何のことかレコは理解した。
「……したい?」
 腕が緩められ、顔と顔をつき合わすような形でメトに問う。彼は少しの間うつむいていたが、やがてこくりと一つうなずいた。
「今日は、強引じゃないね」
「う……悪かったな」
 彼らが体を重ねる場合、大抵はメトが主導で、レコは流されるようにそのまま身を任せてしまう。その強引さは彼も自覚しているらしい。
「……いいよ?」
「いいのか?」
 その受け入れる反応にちょっと驚いて、目を見つめる。が、彼は恥ずかしそうに視線を外して洗面台の方向を向いた。
「……体洗ってから、ね」
 小さな声でそう言って、レコは自分を掴む腕から離れる。垂れた耳が彼の内心を現しているが、それよりもメトはその股間の方に目が行っていた。
「ほら、メトも片付けとかしないと」
「あ、ああ、そうだな」
 視線に気がついたのか、レコは眉を寄せて困ったように笑い、早く行くように促す。少し残念だが今はこれ以上出来ないだろうと諦めると、半透明な扉の奥に消える彼に手を振り、洗面所を離れた。
「はー……よし」
 扉を閉め、大きく息を吸うと、軽く自分の顔を叩く。股間はまだ静まっていないが、とりあえず踵を返してメトは玄関に向かった。まだ、釣竿やバケツは片付けていないのだからと静まるように言い聞かせて。
「あんなでかいのどこに入れればいいんだ……?」
 用具自体はいつもの場所に戻しておけばいいだけだが、獲物はいつも通りの小物ではない。普通だったら水を抜いてクーラーボックスに入れると聞くが、そんな上等なものは、この家にあるはずもなく。
「仕方ない、やるか」
 決意したように一言呟くと、釣竿を掴んで外に出て行くメト。すぐに戻ってくると、今度はバケツを掴んで台所へ向かう。
「重いな……」
 水の重さと魚の重さが相まって、その重量は相当なものだ。レコの手前見栄を張ってさっきはなんでもない振りをしていたが、その実両手は負荷によって痛かった。
「こいつ、何て魚なんだろう」
 流しの下に置きながら中を覗き込むと、帰るまでは水をそこら中にはねさせ、かなり暴れていたそれは、まるで死んだかのようにおとなしくなっている。
「……死んでないよな?」
 動かないことを心配して、水面から突き出た大きな尻尾にメトが手を伸ばそうとした、その時、

びちびちびちびち、ばちゃばちゃばちゃ

「…………」
 顔どころか、胸元まではねる水に、メトは硬直した。が、次の瞬間ためらいなくその尻尾を掴み、流しに放り投げる。それでも尚元気にびったんばったんと跳ね回る魚を尻目に、追い討ちのごとくまな板と包丁が所狭しに投げ込まれた。
「トドメ刺しておこう」
 流しを見下ろす目が、怖い。水道の蛇口をひねり、道具をすすぐと、魚に手が伸び―――。

ドカッ





 お湯を浴び、汚れが染み付いた腕に石鹸を塗りたくり、泡をたてる。その体に染み付いている泥は大分落ちているのか、白い泡はわずかにこげ茶に染まるだけであった。
「ふぅっ……」
 一つ息を吐くと、湯桶にためたお湯で腕を流す。風呂場に入り体を洗うこと数分、レコの体には既に殆ど汚れは残っていなかった。もう一つ、少し大きめの湯桶を取ると、今度は頭から被る。
「んー……気持ちいい」
 お湯を流し終えると、レコは頭を横に何回か振って、背中を伸ばした。
がちゃり
「ん?」
 そのリラックスした瞬間をまるで狙ったかのように、脱衣所のドアが開く音。ちょっと驚いて振り向くと、半透明な扉の向こうに見覚えのある毛色が見える。
「メト? どしたの?」
「ちょっと汚れたから、俺も入ろうと思って」
 何か汚れるようなことあったっけ、と思案する間もなく扉は開かれ、裸の彼が入ってきた。服はいつ脱いだのだろうか。
「…………」
 が、そんな疑問は両腕から赤いものを垂らす姿の前に吹き飛ぶことになった。
「ど、どうしたの? その手……怪我したの?」
「いや、魚の血。 ちょっとさばいた時に予想以上に出てきたもんで、焦ったぜ」
 腕を指摘されて、恥ずかしそうに苦笑いを返すメト。心配するなという風に手を軽く振るが、絵的にはあまりよいものではない。
「そっか、よかった……」
「お湯くれないか? 一応台所で手に付いたのは大体流せたんだけどさ」
 大事無くてよかったと胸をなでおろすレコに、彼は掌を見せながらお湯を欲しがる。それに一つうなずきを返すと、湯船からお湯をすくって彼に渡した。
「ありがと」
「でも、そんなに血が出るなんてねー……意外」
「全くだー。 びっくりするっつーの」
 その腕に湯をかけながら、メトはやれやれと言わんばかりに苦笑を漏らす。そんな彼と目が合うと、どちらともなく二人は笑い合った。
「じゃあ、僕は先に……ん?」
 湯船につかろうと立ち上がったレコの腕を、黒い腕が掴んでいる。振り向けば同じように立ち上がり、悪戯っぽい目をしている彼の顔がそこにあった。
「え? メト……?」
 まさか、と思う間も無く強引に引っ張られ、体勢を崩したところを後ろから抱きすくめられる。そのままメトはレコの首筋に鼻先を埋めて、ふんふんと鼻を鳴らした。においをかいでいるのだろうが、恥ずかしいし、くすぐったい。―――別に嫌というわけではないが。
「レコ……」
「我慢、できない?」
 返事の代わりに腰を振ってお尻に擦り付けるメト。柔らかい肉に、硬さと熱さが伝わってきた。
「……エッチ」
「だってさっきから言ってたじゃん」
「だからって……うんん!」
 全く悪びれる様子の無い彼に抗議しようとして、後ろから首筋に吸い付かれる。予想できていたとはいえ、思わず声を上げてしまった自分が恥ずかしい。声に気を良くしたのか、メトの手が胸の方にまで伸ばしてきた。
「や……ん……!」
「体洗ったら良いんだったよな?」
 確かにそうは言ったが、まさかここでするとは思いもせず。胸の先端から与えられる刺激に身をよじり、逃れようとするも、首筋を舌が這うように舐め、力が抜けてしまう。
「ダメか?」
「……やっぱり、強引なんだから……」
 残念そうに問うて来るメトに、やっとのことでそれだけを言うと、拘束が緩んだ。だが、レコは立っていられずにそのままへたり込んでしまう。
「お前からするときだっていつも急じゃないか」
「………」
 後ろから抱き付いてそのまま昂ぶってしまったこともあるから、確かにそれはそうなのだが。つまるところはお互い様、人の事は言えない―――そういうことなのだろう。しかし目の前に隆起したものを堂々と見せながら言われても、説得力は無い。
「ぼ、僕は、その……メトみたいに、どこでもしたがらないもん……」
「ふーん……」
 ニヤニヤしながらこちらを見下ろすメトから目をそらし、前を手で隠す。もう硬くなっているのは分かっているだろうが、あえて見えないようにすることで抵抗の意志を示したかった。
「じゃあ、俺としたくないの?」
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、いいじゃん」
 どう答えたらいいものか分からない。意地悪く言う彼に、困り果てて答えずにいると、こちらにかがんで顔を近づけてくる。
「んむ……」
「ん……」
 しばらくされるがままに唇を重ね、舌を絡めていたが、いつしかレコはメトの背中に手を回し、抱きしめる体勢に変わっていた。濡れた二人の体は少し冷えているように感じたが、抱きしめるとその奥から彼の温もりを感じる。いつもと違う、気持ちよさがそこにあった。
「どうだ? まだ嫌か?」
 離れた唇の間に垂れる、一筋の唾液。それはすぐに毛皮に垂れて見えなくなってしまうのだけれども、まるでスイッチのようにレコの欲を煽る。胸の高鳴りと一緒に、股間が熱く脈打つのを感じながら、彼はゆっくり横に首を振った。
「んじゃどうしてさっき嫌がったんだよ?」
「だって、そういう雰囲気じゃなかったし……」
 恥ずかしさに目をそむけながら、口ごもるレコ。そう、メトから誘う場合大概はその場の空気を無視して唐突なものだ。
「したい、って言ってくれれば、気が乗るって言うか何て言うか……」
「でも、もう乗ってるだろ?」
「………」
 色々と言いたいことは有るが、それに関しては言い返せない。だから、とりあえず一言。
「バカ……」
「はいはい」
 しかしメトはそれを慣れたものだと言わんばかりに聞き流し、レコの閉じている足に手をかけ、その間に頭を入れた。
「ちょ……っと!」
「んー?」
「や……あぁん!」
 足で隠しながらも、その間で硬くなっていたそれを見て、足元の彼はにやりと笑った。かと思うと、次の瞬間には柔らかい感触に包まれて、思わず叫んでしまう。
「は……んんっ」
 ぬるぬるした舌が先端を包み込み、先の割れ目を執拗に攻め立てる。吸われたり、ほじるようにつつかれたり、その度に刺激が下半身を突き抜け、痙攣しているのかと思わせるぐらいにレコの体は震えた。
「んっ! んんーっ!!」
 喘ぎ声を上げれば調子に乗ってメトが攻め立ててくるだろう。それを考えて、手は声を抑えるよう口元を抑えていた、が。
「ぷあ……」
「え?」
 突然、口を離された。だが意地悪でその行為をやめたわけではないようだ。自分の右手の指、二本を銜えると、傍から見ていても分かるほどにたっぷりと唾液をつけた。
「め、メト……?」
「だって、あんまり声上げてくれないから、さ」
「あ、そ、そこは……んあっ!」
 ―――意地悪で止められた方がまだよかったかも―――そう思うほどに、邪気たっぷりな笑顔。後ろの秘所に手を伸ばす彼を止めようとしたが、先ほどまでの刺激で既にはちきれんばかりのそれが再び銜えられ、抵抗する力はあっさりと失われた。体中を駆け巡る快感がレコの背を反らし、尻尾を真っ直ぐに伸ばさせる。
「はぁっ……! や……だめ……ぇ!」
「んっぐ……」
 尻尾の付け根と入り口は濡れた指でこすられ、前は銜えられたまま上下に動いて刺激される。二つの快楽に最早声を隠す余裕をなくし、レコは絶え間なく震えてメトの頭を両手で掴んだ。ぶるぶると体を打ち震わせながら、後ろから力が抜け、ほぐれていくのが分かる。すぐにでも彼のものが迎え入れられそうだな、と思ったとき、さらに刺激が増した。
ずぶっ
「ああぁっ!!」
 十分に柔らかくなったそこに、ゆっくりと彼の指が沈んでいく。感覚的には一気に突かれても大丈夫な気がするけれど、あえてゆっくり沈めていくのは負担をかけたくないという彼の優しさなのだろうか。
(強引な割に、変なところで繊細だなあ)
 中でぐりぐりと指が押し付けられる刺激に耐えながら、そんなことを思う。なんだかんだ一生懸命こちらを気持ちよくしようとしている彼の気持ちが嬉しいし、その姿が可愛く写る。しかし、
「あ、あぁんんっ!!」
 ちょっと落ち着いた攻めに安心していると、突然後ろからの強烈な快感にレコは声を上げることになった。メトが指を曲げて中の気持ち良い場所をこすっているのに気が付いて真下を見ると、銜えたままで得意げに目を細める彼の姿がそこにある。
「え、エッチ……! はぁあんっ! だ、ダメ……メト、僕……」
「ふぇふぉう?」
 出そう?と聞いているのだろうが、うん、と答える余裕もなく。体をよじって吸い付くような彼を引き剥がそうとするが、快感に力が入らず、弱い力で押すぐらいしかできない。メトはと言えば、喘ぎ声に気をよくして益々激しく指を動かし、顔を上下させていた。その股間の物からは、ぬめった液がとめどなく滴り落ちている。
「だめだって、ホントに……もう、で……」
 訴えも虚しく一向に攻めが静まる気配は無く、頭がだんだん真っ白になっていく中、もう出ることを諦めるしかなかった。しかし、最後の意地と言わんばかりに、ぐりっと中でメトの指がひねられると同時に、レコはその頭を両手で押さえつける。
「んあっ! ああぁあああんっ!」
「んっ……ぐう……」
 彼に与えられた刺激を引き金に背を限界まで反らし、2度3度、彼の口の中でそれが跳ねた。大量の精が吐き出される感覚とともに、凄まじい快楽が身を包む。
「あ、ああ、気持ち、いい……」
 半開きで虚ろな目、喘ぎっぱなしで唾液をたらし続ける口元、快感に溺れたかのようなその姿は、間も無く力が抜けて、ふらりと後ろにその体を倒れさせていく。
「っ!」
 が、倒れきる前に慌ててその上体をメトは受け止め、自分の方へと引き寄せた。もしそのまま倒れていたら、頭が丁度風呂の縁に当たっていたであろう。
「ん、あ……」
「んぐ……ふぅ……危なかったなあ」
 口の中に溜まった精を息と共に飲み込むと、メトは安心して息を吐く。口元からは飲みきれなかった白い液体がとろりと溢れ、抱きかかえられたままのレコのお腹に落ちた。
「め、とぉ……」
 目の焦点が合わないまま、膝元の猫人は真上の顔に右手を伸ばす。その手を取って、頭を撫でてくれることを望んでいた、が。
「よっ……と」
「あ、うぅん……?」
 メトに軽々と体を持ち上げられ、されるがまま台に座った彼の体の上に乗せられてしまった。開かれた足の上にまた開かれた足。正面の鏡には二人のそこが、余すところなく写されている。いつもならばここで何をされるのか気づくところだが、今のレコは快感の余韻でその余裕もない。だから、気がついたのは、そこに彼の肉が当てられた時だった。
「え、やめ……!」
「今度は俺を気持ちよくしてくれよ。 な?」
「にゃっ……だ、めぇ……っ」
 秘所の入り口に押し当てられたそれが、ぐりぐりとこすっている。それだけでも達した直後で敏感になっているレコには十分な刺激だ。
「大丈夫だって、もうほぐれてるし……」
「やあっ! 違う、って……! 今、入れられたら……壊れ……」
ずっ
「……は!!!」
 彼の熱い肉の先が、入った。たったそれだけなのに、まるで先ほど達したのと同じように背を反らす。言葉にならない叫びに口を開け、かすれた喘ぎ声がそこから漏れていた。頭の中はもうぐちゃぐちゃで、何も考えることが出来ない。
「んっ……入る、ぞ」
「だめ、だめ、おかしく……!」
 壊れたように呟くレコの言葉を無視するように、肉の塊は容赦なく中を掻き分け、奥へと入っていく。
ずぷんっ
「あっ、あっ、あっ」
 彼のものが根元まで入ると、レコは気が抜けたような声を上げ、再び体を震わせて悶えた。縮みかけていたそれは、今また硬さを取り戻していて、体が震えるたびに先から白濁液が漏れて毛皮を汚していく。
「またイった?」
「わ、か、んない……おかしく、なりそ」
 意地悪そうな声に対し、息も切れ切れの中、そう言うのが精一杯だった。しかし、入っているだけでも苦しいぐらいの快感なのに、ここからメトは動かしてくるのだ。その先を考えると、とても怖いけれど、同時にドキドキする。
「動かすぞ……」
「ふぁ……あ」
 低く彼がそう言うと、真下の腰を少し動かして胸元を掴んだ。やりやすいように姿勢を調整しているのだろうが、そのわずかな動きでも全身を包むように快感が突き抜ける。彼のぬくもりを感じて、無意識にレコの顔に笑みが宿るが、次の瞬間それは文字通り突き崩される格好となった。


「あぁっ! んぁああああーっ!」
 長い髪を振り乱し、今までになく大きな声が風呂場に響き渡る。その声量は普段のおとなしいレコからは、まるで想像できない程だ。
「だ、大丈夫か?」
 だが、突き上げた途端にそんな声が出るとは思わず、メトはすぐに動きを止めてしまった。思い返してみれば、体を重ねたのは結構な回数に上るわけだが、こんなに大きな反応をされることはまずなくて、少し不安になる。
「や、止めないでぇ……もっとぉ……」
 まるで道端で拾ったエッチな本のキャラクターよろしく、こちらを求めてくるレコ。振り向いた横顔も、それに合わせたかのように蕩けていて、思わずメトはつばを飲み込んだ。
(大丈夫、かな……)
 そう思うのも束の間、刺激が足りないと言わんばかりに彼が腰をゆっくりと上下させ始める。
「う、うわ……」
「んっ……あ……はぁんっ!」
 メトの物が抜ける直前までゆっくりと腰を上げ、そしてまた同じように腰を下げる。単純な動きのはずなのに、する度にレコの体が悦びに震えていた。いつもと全く違うと言ってもいいくらいの乱れた姿に戸惑いながらも、柔らかな内壁に包まれる快楽に、やがてメトにも抗おうという気は無くなっていく。
「レコ……」
「あ、やだ、止めちゃやだぁ……」
 胸元に当てていた手を下げ、腰を掴んでその動きを押さえると、嫌がるレコがぶるぶると首を振った。だが、そんな淫らな声を聞き入れずに意地悪く動きは止め、彼の首筋に舌を這わせる。
「ふぁっ! やっ、お、ねがいぃ」
 弱い刺激を与えるたびに中が断続的に締まって気持ちがいい。もうちょっと焦らしてこの感覚を楽しみたくて、片手で乳首を弄り、首筋を肌に触れるか触れないかの境界に沿って舐め上げる。
(ちょっと悪いかもしれないけど、いじめたくなるようなお前が悪いんだぜ?)
 行為を始めたのは自分であると言うのに、勝手な言い分で正当化するメト。無論、レコが聞いたら怒るであろうが、今の彼の中にそれほど考える余裕なんてあるはずもない。
「はぁっ……あ、あ……んんっ!」
 ただひたすらに彼は快楽を求め、片手で拘束が緩んだ腰をぐりぐりと左右に振って、悦んでいた。そこから生まれる刺激に、メトもまた耐え切れずに軽くゆすって動かす。中にこすられ、中がこすられ、まともな言葉を交わすことなく、彼らは互いに快感を貪りあった。
「ほら、見てみろよ」
「え……?」
 何か思いついたのか、メトはレコの顎をそらし、鏡の方に顔を向ける。そこに映っているのは、髪を振り乱し、蕩けた顔で腰を振る、淫らな猫人の姿。前からはとめどなく汁が垂れてぬるぬるになっており、後ろはといえば彼と繋がっている所が赤裸々に映りこんでいた。
「……これ、僕……?」
「うん。 エロイだろ」
「や、こんなの恥ずかしい……」
 鏡の中の自分の姿に我に返ったのか、思わず手で顔を覆いながら背けるレコ。しかし、見たくなければ目をつぶればいいものを、指の隙間からちらちらと見ていた。そんな彼の心の微妙な動きなど露知らず、メトはにーっと歯をむき出しにして笑う。
(乱れる顔も良いけど、やっぱり恥ずかしがってる方が可愛いなぁ)
 改めてレコの可愛さを確認したメトは、ぐりぐりと未だに顔を隠したままの頭を撫でてやった。何か、やり方を間違っているような気がしなくも無いが、そこはあえて考えないことにしておく。
「じゃあ、そろそろ最後にしようかな、っと!」
「ひゃあんっ!?」
 そう言うや否や、力強く腰を突き上げるメト。同時に少しずつ落ち着いてきていたレコの体が再び震えた。
「あ……はっ……な、にするの……?」
「いやー、これでも気持ちいいけど、さ。 やっぱりそれだけじゃ満足できないって言うかさ……」
 はっきり言ってしまえば、もう少しでイきそうだから、もっと激しくしたい、と言うことなのであるが。それを正直に言えない辺りは、彼の意地を感じさせる。
「しょうがないんだから、もう……」
「へへ、レコだって気持ちいいくせに」
「……バカ……」
 毎回毎回なじみの台詞で罵られるが、それが彼の『受け入れた』と言うサインであることをとっくの昔にメトは知っていた。腕の中で喘ぐそんな彼がどうしようもなく、いとおしい。
「あっ!!」
 恥ずかしくて垂らす耳も。
「うぅん……!」
 敏感に彼の感覚を表す、柔らかい尻尾も。
「メトぉ……!」
 エッチな本なんか比べられないほどのいやらしさで声を上げる小さな口も。
「レコ……」
 今は、全部自分のもの。すごいわがままなこと考えているとは、分かってはいるけれど、それでも今は―――。
「んんっ! あ、あぁああっ!」
「レ、コぉっ!!」
 腕の中で一瞬ぶるっとレコが震えると、急に中が締まった。既に限界に達しそうだったメトも、刺激に耐え切れずに、愛しい猫人を抱く腕に力を込めながら精を放つ。
「ふあ……ああ……入って、くるう……」
 前からとろとろと白濁液を流しつつ、後ろに注ぎこまれる感覚にレコは恍惚の表情を浮かべた。その頭をゆっくりと撫でながらメトは満足そうにうなずき、彼の体を持ち上げて、自身のそれを引き抜く。
「んぁ……ん」
 彼が手を離すと、白い液をお尻から垂らしながら、力なくレコはへたり込んだ。ちょっとやりすぎたかな―――頭の片隅にちょっぴりの罪悪感を覚えながら、メトはシャワーのコックをひねる。二人の熱を、文字通り冷ますために。



「……」
 数十分後、メトの部屋。透き通ったテーブルを挟んで向かい合う、二人の姿があった。借りたパンツだけ履いて後は裸の格好のレコは、髪の毛を櫛で梳きながら乾かしている。髪の毛の量が多い彼にとっては一苦労だろう。そんな姿を、まぶたを少し下げながらメトは見つめていた。
「……どうかした? ボーっとしちゃって」
「んー……お前を見てた」
 その視線に気がついたのか、目の合ったレコの問いに、頬杖を突きながら少し微笑む。その反応に一瞬彼はきょとんとしたが、次につられたように笑顔を返した。
「何か、照れ臭いな……」
「そうか?」
 とりあえず、風呂場でのエッチに関しては怒ってなさそう……な気がする。
「しかし、さっきのレコはいやらしかったなぁ……」
「……」
 改めて思い返しながら、一人うんうんとうなずくメト。一方のレコもさっきのことを思い返しているのか、その言葉に顔を背けてしまった。
「可愛かったよ」
「……ありがと」
 消え入りそうな、極小さな声。だがそれは、メトの耳にしっかりと届いている。
「でも! すっごく恥ずかしかったんだからね!」
 が、すぐにこちらに向き直ると、噛み付かんばかりの表情で怒りを表した。
「ん、悪かった」
 しかし、それが照れ隠しであることは疑いようがなく、分かっているが故にメトの対応も軽いものだ。しばらくこちらを睨みながらうーと少し唸っていたが、やがて諦めたように息を吐き出した。
「じゃあ、少し休んでから下に降りるか……」
 言いながらレコに背を向け、再びクローゼットをあさり始める。彼の服は既に外に干してあるが、乾くまでに代わりが必要だ。さっき散らばしたタオルをまとめるのもそこそこに、メトはもう一着のパーカーと半ズボンを放って投げた。
「それ、着ておけよ。 まだ暖かいけど、夕方になったら冷えるし」
「うん。 ありがとう、洗って返すね」
 後ろ手で髪を束ねながら、うなずき返すレコ。髪の毛を下ろしていたのもよかったが、やはり束ねている方がいつもの彼だと感じる。
「これ、いつものとは違うね」
「前に買ってもらった奴で、予備に使ってるんだけど……その色だから、な……」
 クリーム色のパーカーが自分に似合うとは思えない。袖を通した回数も、実のところ片手の指で事足りるぐらいだ。
「そうかなあ、結構似合うと思うけど……んしょ」
(こう言う色ってレコの方が似合うんじゃないのか?)
 自分の毛の色と、服に頭を突っ込んだレコの毛の色を見比べながらそう思う。ズボンを先に履けよ、とも思ったが。
「どーう?」
「おー似合ってる似合ってる」
 片手を腰に当ててちょっと気取る姿が微笑ましい。そんな彼を素直に褒めるメト。やっぱりレコの方が毛色的にも映える……と思う。自分のファッションセンスに関しては余りいいとは言えないほうだから、自信は無いが。
「ほら、ズボンも」
「うん」
 促されてようやく彼は半ズボンに足を通した。あんまり意識していなかったのか、指摘されてちょっと恥ずかしそうに肩をすくめる。たまに見せるこういう抜けた姿も、彼らしいと言えば彼らしい。
「えへへ」
「何だよ?」
「メトのにおいがするー」
 袖口を鼻元に持って行き、くんくんと匂いをかぐレコ。改めてそうやられると、どうにも恥ずかしいのだが、それは自分もやっていることなので声には出さないことにする。
 代わりに
「わっ!」
「こうすればにおいもたっぷりだろー」
 抱きしめてその顔を胸にぎゅうぎゅうと押し付けてやった。そこまで強く力を込めているつもりではないが、息が苦しいのか、腕の中でもごもごとレコは暴れる。
「んんーっ……もう、苦しいってば!」
「あははははっ! 悪い悪い」
 顔を出しながら頬を膨らませる彼に、悪びれないメト。ひとしきり笑って、抗議をかわした後、どちらかともなく二人は見詰め合った。吸い込まれそうなほどに澄んだ青の瞳が写す、自分の顔。彼もまた、同じものを見ているのだろうか―――見つめながら考えていると、レコは恥ずかしそうに瞳を瞬かせ、まぶたを閉じた。
「……」
「んっ……」
 静かに、抱いていた腕を緩めて、顔を彼に近づける。唇だけが触れ合う表面的な軽いキスだけど、今はそれでよかった。
「じゃあ下に降りて、何か作ろうか?」
 腕から離すと、突然意外なことを言い始めるレコ。まだろくすっぽ休んでも居ないと言うのに、大丈夫なのだろうか。そんな不安が顔に出ていたのか、彼は笑って手を振った。
「大丈夫、してから結構経ったし……ね?」
「あ、ああ」
 風呂場から部屋まで背負って連れてきたと言うのに、その回復力には驚かざるを得ない。
(何回もしてるから……体力がついたのかな?)
「ほら、行こうよ」
「そうだな」
 まさかね、と心の中で呟き、メトは部屋の扉を開ける。何を作ってくれるのかな、と楽しみにしながら足を踏み出したところで―――
「あ、ゴメンやっぱ足に来てる」
 その期待はこけた彼の中で音を立てて崩れるのであった。






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